の家へ引き寄せられ、美しい娘の水藻《みずも》に化けた百歳の姥《おうな》久田のために誑《たぶら》かされているらしい。しかも若殿頼正の生命《いのち》は寸刻に逼《せま》っているらしい。棺! 棺! 水葬礼! 彼らは頼正の死骸を棺の中へぶち[#「ぶち」に傍点]込んでそれを湖水へ沈めるのらしい。それが目前に逼っている!
「これはこうしてはいられない」
葉之助は足擦りした。とたんにガチャンと音がした。彼は何物かに躓《つまず》いたのである。ハッと思ったが遅かった。棺造りの水狐族が四人同時に立ち上がり、ムラムラとこっちへ走って来る。
「もうこうなれば仕方がない。一人残らず討ち取ってやろう」
突嗟に思案した葉之助は、そこに立っていた杉の古木の驚くばかり太い幹へピッタリ体をくっ付けた。
それとも知らず水狐族は四人|塊《かた》まって走って来る。
二八
眼前三尺に逼った時、葉之助の手はツト延びた。真っ先に進んだ水狐族の胸の真ん中を裏掻《うらか》くばかり、平安朝型の長槍が、電光のように貫いた。ムーと云うとぶっ[#「ぶっ」に傍点]倒れると、もう槍は手もとへ引かれ、引かれたと思う隙もなく、颯《さっ》と翻《かえ》った石突きが二番目の水狐族の咽喉《のど》を刺す。ムーと云ってこれも倒れる。敵ありと知った後の二人が、踵を返して逃げようとするのを追い縋《すが》って横撲り、一人の両足を払って置いて、倒れるのを飛び越すと、最後の一人を背中から田楽刺しに貫いた。
眼にも止まらぬ早業である。声一つ敵に立てさせない。
ブルッと血顫《ちぶる》いした葉之助、そのまま前庭を突っ切ると、正面に立っている古代造り、久田の姥の住む館へ、飛燕《ひえん》のように飛び込んで行った。
階段を上がると廻廊で、突き当たりは杉の大戸、手を掛けて引き開けると灯火のない闇の部屋、そこを通って奥へ行く。と、一つの部屋を隔てて仄《ほの》かに灯影が射して来た。
窺い寄った葉之助、立ててある几帳の垂《た》れ布《ぎぬ》の隙から、内の様子を覗いて見たが、思わずゾッと総毛立った。
艶《あでや》かな色の大振り袖、燃え立つばかりの緋の扱帯《しごき》、刺繍《ぬい》をちりばめた錦の帯、姿は妖嬌たる娘ではあるが頭を見れば銀の白髪、顔を見れば縦横の皺《しわ》、百歳過ぎた古老婆が、一人の武士を抱き介《かか》えている。他ならぬ若殿頼正で
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