「間もなくお前にも見えて来よう」
「種族の犠牲? 黒法師? ああ私には解らない!」
「水狐族! 水狐族!」白法師は卒然と云った。「これをお前は滅ぼそうとしてこの山中へ来たのであろうな?」
「仰せの通りでございます」
「窩人にとっては水狐族こそは祖先以来の仇なのじゃ」
「そのように聞いておりました」
「だからお前の仇でもある」
「それはなぜでございましょう?」
「やがて解る、やがて解る。……とまれお前はお前の属するある一つの種族のため、他の種族と戦わねばならぬ。水狐族どもと戦わねばならぬ。そうしてお前は久田の姥《うば》をお前の手によって殺さねばならぬ。これはお前の宿命だ」
「しかしどうしたら憎い妖婆を討ち取ることが出来ましょうか?」こう葉之助は不安そうに訊いた。
「あれを見るがいい。あれを見ろ」
 こう云いながら白法師は内陣の木像の持っている平安朝型の長槍を、手を上げて指差した。
「あの木像こそ他ならぬ窩人族の守護神《まもりがみ》じゃ。彼らの祖先宗介じゃ。窩人どもの族長じゃ。族長の持っている得物《えもの》をもって、他の族長を討つ以外には、妖婆を討ち取る手段はない」
 云われて葉之助は躍り上がったが、神殿へ颯《さっ》と飛び込んで行くと、木像の手から長槍をグイとばかりに※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》ぎ放した。

         二七

 ……「久田の姥を殺した刹那《せつな》、お前はまたも呪詛《のろい》を受けよう。恐ろしい呪詛! 恐ろしい呪詛! 不幸なお前! 不幸なお前!」
 背後の方から白法師がこう云って呼びかけるのを聞き流し、鏡葉之助が勇躍して山を里の方へ馳《は》せ下ったのはそれから間もなくの事であった。
 彼はただただ嬉しかった。
「憎い妖婆を討つ事が出来る。堕ちた名誉を取り返すことが出来る。呪詛が何んだ、呪詛が何んだ!」
 これが葉之助の心持ちであった。
「有難いのはこの槍だ。槍よどうぞ俺のために霊妙な力を現わしてくれ。魔法使いの久田の姥めをただ一突きに突き殺させてくれ!」
 これが葉之助の願いであった。
 足を早めてドンドン下る。
 途中で一夜野宿をし、その翌日の真昼頃、高島の城下に帰り着いたが、故意《わざ》と城中へは戻らずに、城下外れの旅籠屋《はたごや》で夜の来るのを待ち設けた。
 やがて日が暮れ夜となり、その夜が更けて深夜となった。審
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