聞こえて来た。
「お返しくだされお返しくだされ。宗介天狗の黄金の甲冑、どうぞお返しくださいませ」
「これはいったいどうしたことだ」葉之助は呟いた。「あれは妖怪の声だというに、俺には懐《なつか》しく思われてならぬ。懐しいといえば人面疽の顔さえ妙に懐しく思われる。……妖怪の声を聞いていると故郷《ふるさと》の人の話し声でも聞いているような気持ちがする。そうして、人面疽の女の顔は、母親の顔ででもあるかのように、慕《した》わしく恋しく思われる」
 葉之助は茫然《ぼうぜん》と坐ったままで動こうともしない。

         一五

 ここで物語は一変する。
 大正十三年の今日でも、甲信の人達は信じ切っているが、武田信玄の死骸《なきがら》は、楯無《たてな》しの鎧《よろい》に日の丸の旗、諏訪法性《すわほうしょう》の冑《かぶと》をもって、いとも厳重に装われ、厚い石の柩《ひつぎ》に入れられ、諏訪湖の底に埋められてあり、諏訪明神がその柩を加護しているということである。
 これはどうやら歴史上から見ても、真実《ほんと》のことのように思われる。その証拠には近古史談に次のような史詩が掲載されてある。
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驚倒《きょうとう》す暗中銃丸跳るを、野田城上|笛声《てきせい》寒し、誰か知らん七十二の疑塚《ぎちょう》、若《し》かず一棺湖底の安きに
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 最後《しまい》の二句を解釈すると、昔|支那《シナ》に悪王があって、死後塚の発《あば》かれんことを恐れ、七十二個の贋塚《にせづか》を作ったが、それでもとうとう発《あば》かれてしまった。武田信玄はそんなことはせずに、死骸を湖底に埋めさせた。この方がどんなに安心だか知れない――つまりこういう意味なのである。
 いかにもこれは七十二の疑塚より確かに安心には相違ないが、しかし絶対に安心とは云えない。諏訪湖の水の乾く時が来たら、死骸は石棺のまま現われなければならない。そうでなくとも好奇《ものずき》の者が、金に糸目を付けることなく、もし潜水夫を潜らせたなら、信玄の死骸のある場所が知れたなら、それから後はどんなことでも出来る。だから絶対に安心とは云えない。
 果然《かぜん》、文政年間に好奇《ものずき》の人間が現われて、信玄の石棺を引き上げようとした。
 成功したか失敗したか? その人間とは何者か? それは物語の進むにつれて自《お
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