願なので、細い細い糸のような声から高い高い叫びになり、それが悲しい笛の音のように尾を引いて綿々と絶えぬのであった。
「お返しくだされ。お返しくだされ。宗介天狗《むねすけてんぐ》の鎧冑《よろいかぶと》、どうぞどうぞお返しくだされ」
こう叫んでいるのであった。
一四
ムックリ刎《は》ね起きた紋兵衛は、血走った眼をおどおど[#「おどおど」に傍点]させ、痙攣《ひきつ》った唇を思うさま曲げ、手を胸の辺で掻き捲《まく》り、肩に大波を打たせたかと思うと、
「あ、あ、あ、あ」とまず喘ぎ、「来たア!」と叫ぶとヒョロヒョロ立ち、「来てくれ! 来てくれ! 誰か来てくれ! 人殺しだア! 誰か来てくれ! ……おお鏡様葉之助様! あいつらが来たのでござります! お助けなされてくださりませ! 人助けでござります、お助けなされてくださりませ! ……返せと云って何を返すのだ! 鎧冑? そんなものは知らぬ! おおそんなものを何んで知ろう! よしんば[#「よしんば」に傍点]知っていようとも、みんな過ぎ去った昔の事だ! ならぬ、ならぬ、返すことはならぬ! いやいや俺は知らぬのだ!」
「五味多四郎様! 五味多四郎様! どうぞお返しくださりませ、宗介天狗の黄金《こがね》の甲冑《かっちゅう》、どうぞお返しくださりませ!」戸外《おもて》の声は尚《なお》叫ぶ。
「知らぬ知らぬ俺は知らぬ! 俺は何んにも知らぬのだ! ……葉之助様! 鏡様! どうぞお助けくださりませ! や、貴様は山吹だな! おお山吹だ山吹だ! おのれ貴様まで怨みに来たか! おお恐ろしい恐ろしい、睨んでくれるな睨んでくれるな! 堪忍してくれ俺が悪かった! あ、あ、あ、あ、胸苦しや! 冷たい腕が胸を掴《つか》むわ!」
急に紋兵衛は虚空《こくう》を掴《つか》むと枯木のようにバッタリ仆《たお》れた。そのまま気絶したのである。
その時|忽然《こつぜん》部屋の隅から女の笑い声が聞こえて来た。ヒ、ヒ、ヒ、ヒ、というような一種異様な笑い声である。
鏡葉之助はそれを聞くと何がなしにゾッとした。聞き覚えのある笑い声だからだ。
「遠い昔に、幼年時代《ちいさいとき》に、確かにどこかで聞いたことがある。誰の声だかそれは知らない。どこで聞いたかそれも知らない……いったいどこで笑っているのだろう?」
声の聞こえる部屋の隅へ屹《きっ》と葉之助は眼をや
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