れあり、江州佐和山石田三成に仕え、乱後身を避け高野山に登り、後吉野の傍《そば》に住す。清洲少将忠吉公、その名を聞いてこれを召す。後、尾張|源敬公《げんけいこう》に仕え、門弟多く取り立てしうち、長屋六兵衛、杉山三右衛門、もっとも業に秀《ひい》でました由《よし》――大坂両度の合戦にも、尾張公に従って出陣し、一旦|致仕《ちし》しさらに出で、晩年|窃《ひそ》かに思うところあり、長沼守明《ながぬまもりあき》一人を取り立て、伝書工夫|悉《ことごと》く譲る。子孫相継ぎ弟子相受け今日に及びましてござりますが、三家三勇士の随一人、和佐大八郎は竹林派における高名の一|人《にん》にござります」
 弁舌さわやかに言上した。

         一〇

「昼行灯どころの騒ぎではない。これは素晴らしい麒麟児《きりんじ》だ。まるで鬼神でも憑《つ》いていて言語行動させるようだ……ははあ、それで弓之進め、この少年の行末《ゆくすえ》を案じ、朋輩先輩の嫉視《しっし》を恐れ、俄《にわ》か白痴《ばか》を気取らせたのであろう。弓之進め用心深いからな……そういう訳ならそれもよかろう。せっかくの目論見《もくろみ》だ、とげさせてやろう」
 駿河守は頷いた。
「今日の競技はこれで終わる。者ども続け!」
 と云い捨てると駿河守は馬に乗った。タッタッタッタッと帰館になる。近習若侍に立ち雑《まじ》り葉之助も後を追う。

 松崎清左衛門は何が不足で葉之助の入門を拒絶《ことわ》ったのであろう? それは誰にも解らない。しかし当の葉之助にとっては無念千万の限りであった。
「そういう訳なら師を取らずに己《おのれ》一人工夫を凝らし、東軍流にて秘すところの微塵《みじん》の構えを打ち破り清左衛門めを打ち据えてくれよう」
 間もなく葉之助は心の中でこういう大望を抱くようになった。彼はご殿から下がって来るや郊外の森へ出かけて行き、八幡宮の社前に坐って無念無想に入ることがあり、またある時は木刀を揮《ふる》って立ち木の股を裂いたりした。
「一にも押し、二にも押し、これが相撲の秘伝だそうだ。一にも突き二にも突き、これが剣道の極意である。しかし極意であるだけに誰も学んで珍らしくない……さてそれでは突き以外に必勝の術はあるまいか」
 来る夜も来る夜も葉之助はこの点ばかりを考えた。しかし容易には考え付かない。
「突きを止めれば斬《き》る一方だが、さてどこ
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