と云ったが葉之助、こう云われては断わることは出来ない。未熟と申して尻込みすれば家門の恥辱、身の不面目となる。白痴を気取ってはいられなくなった。
「不束《ふつつか》ながらご諚《じょう》なれば一矢仕るでござりましょう」
 謹んでお受けすると列を離れ、ツツーと設けの座に進んだ。屹《きっ》と金的を睨んだものである。
「葉之助殿おやりなさるかな。貴殿何流をお習いかな」
 佐々木源兵衛は莞爾《にこやか》に訊いた。
「はい、竹林派をほんの少々」
 云いながら無造作に弓を握る。

         九

 これを見ると若侍達は互いにヒソヒソ囁《ささや》き出した。
「行灯殿が弓を射るそうな。はてどこへぶち[#「ぶち」に傍点]こむやら」「土壇《どたん》を飛び越し馬場の方へでも、ぶっ[#「ぶっ」に傍点]飛ばすことでござりましょう」
「それはよけれど弾《は》ね返って座席へでも落ちたら難儀でござるな」
「いやいやそうばかりも云われませぬよ」
 中には贔屓《ひいき》をする者もある。「松崎道場では石渡殿を、手こずらせたという事です」
「いやそれも怪我勝ちだそうで」
「では今度ももしかすると[#「もしかすると」に傍点]怪我勝ちするかもしれませんな」
「そう再々怪我勝ちされてはちとどうも側《はた》が迷惑します」
「黙って黙って! 矢をつがえました」
「あれが竹林派の固めかな」
「いやいやあれは昼行灯流で」
「ナール、これはよう云われました」
 この時葉之助は矢を取るとパッチリつがえてキリキリキリ、弦《いと》一杯に引き絞ると、狙いも付けず切って放した。
「どうだ?」
 と侍達は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。外《はず》れたと見えて旗が出ない。
「おやおや最初から仕損じましたな」
「二本目は与一も困る扇《おうぎ》かな……さあどうだ昼行灯殿!」
 急《せ》かず周章《あわ》てず葉之助はすかさず二の矢を飛ばせたが、これも外れたか旗が出ない。
「ウワーッ、いよいよ昼行灯だ! 一の矢二の矢を仕損じながら、沈着《おちつき》ようはマアどうだ」
「恥なければ心安し。一向平気と見えますな」
「殿も小首を傾げておられる」「いったい殿がお悪いのだ。あんなものを召使うばかりか贔屓にさえもしておられる」「あれは殿の酔狂さ」
「それまた射ますぞ。静かに静かに」
 しかし葉之助は益※[#二の字点、1
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