今度は流石に落胆《がっか》り[#「落胆《がっか》り」は底本では「落胆《がっかり》り」]して四郎は足を止めましたが、併し何うにも名残惜くて引っ返えす気にもなりませんでした。
 其時老人は手を上げて二、三度四郎を招きましたが「小僧!」と復も呼ぶのでした。
 それで復もや元気を出して四郎は其方へ走って行きました。
 併し全く不思議なことには何んなに四郎が走っても何うしても老人へは追い着けません。その癖老人は疲労れた足つきでノロノロ歩いているのです。
 小川を越すと広い野となり野を越すと小高い丘となり丘の彼方は深い林で白い色の見えますのは辛夷の花が咲いているのでしょう。
 やがて夕暮となりました。ケンケンと鳴く雉子の声。ヒューと笛のような鶴の声。塒を求める群鴉の啼音が、水田や木蔭や夕栄の空から物寂く聞えて来て人恋しい時刻となりました。
 尚老人は歩いて行く。で四郎も走って行く。こうして半刻も経った頃には夕陽が消え月が出て四辺は蒼白くなりました。
 その時初めて老人は立止まったのでございます。
 其処は山の裾野でしたが、枯草の上へ胡座を掻き満月を背に負った老人の姿は妖怪《もののけ》のようでご
前へ 次へ
全19ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング