ざいます。
「おい小僧、此処へ坐われ」
近寄る四郎の姿を見ると斯う老人は云いました。
「貴様の名は何んと云う?」
「増田四郎と申します」
痴《おろか》ながらも姓名だけは四郎も知って居りましたので、老人の側へ坐わり乍ら斯う無邪気に云ったものです。
三
「何んの為に此処まで来たな?」
四郎は黙って笑っています。
「もっと芸当を見たいからか?」
「はい」と四郎は頷きました。
「よしよし夫れでは見せてやろう。いや可愛い美少年じゃ。お前のような美童の前では俺の芸当も逸むというものじゃ」
老人はこんな事を云い乍ら少し居住居を正しましたが、光清らかの月に向かってホーッと長い息を吐きました。と其呼吸は薄紫の一条の橋となりまして月へ懸ったではありませんか。併し不思議は夫ればかりで無く、円い満月の真中所にポッツリ点が出来ましたが夫れは何うやら穴らしく、そこから一人の老人がスッポリ体を抜け出すと橋の上へ下り立ちました。
だんだん此方へ遣って参ります。
見ている中に老人は地上間近く近寄りましたが、よくよく[#「よくよく」に傍点]見れば其の老人は、今尚草の上に胡座を掻き呼吸を吐いている
前へ
次へ
全19ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング