る哉。その小銭は一つとして地上に落るもの無く忽然と又|翩飜《へんぽん》と空に向かって閃めき上り皆雲の中へ這入って了いました。
「何だ、これっぱかりか、鄙吝《しみった》れた奴等だ。が今日の飯代にはなる。ワッハッハッハッ」
 と笑う声がしたが夫れも矢っ張り雲の中からです。
 一人去り二人去り何時の間にか見物人は立ち去りましたが、四郎一人は空を見上げたまま何時迄も立って居りました。不思議で不思議でならないのでしょう。
「小僧!」
 と突然耳許で老人の声が聞えました。
「ああ吃驚した」
 と声を筒抜かせ四郎は四辺《あたり》を見廻わしましたが、老人の姿は見えません。
「此方だ此方だ!」
 と復声がします。遠い所から来るようです。声の来る方に林があり其林の裾の辺をその老人が歩いています。
「お爺さあァん!」
 と声を張り上げ四郎は呼び乍ら足を空にして其方へ走って行きました。
 間も無く林まで行き着きましたが、もう其時は老人は遙かの岡の上に立っていました。四郎は少しも勇気を挫かず岡を目掛けて走って行き、漸く岡へ着いた時には、今度は老人は遙か彼方の小川の岸に彳《たたず》み乍ら四郎を手招いて居りました。
前へ 次へ
全19ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング