屹と手許を睨みました。
二
右の掌には依然として棒が立って居るのです。そうして棒の突端は雲に隠れて見えません。
と、老人は掌の棒を窃と岩の上へ置きましたが棒は岩を基礎にして依然として雲に聳えて居ます。
「さあ、よくよく眼を止めて俺の為る所を見て居るがよい。投げ銭抛り銭は其後の事じゃ」
老人はニヤニヤ笑い乍ら相変らず大口を叩きましたが、つかつかと棒に近寄りますとひょいと両手を棒に掛けツルツルと一間ばかり登りました。棒は倒れも撓《しば》りもしません。依然として雲表に聳えて居ます。
「さて是からが本芸じゃ。胆を潰して眼を廻わすなよ」
老人は此言葉を後に残し恰も猿が木を登るように棒を登って行きましたが登るに従い老人の姿は漸時小くなるのでした。軈て雲にでも這入ったのでしょう全く見えなくなりました。
すると今度は聳えていた棒が雲の中へ手繰られると見えて岩からスッと持ち上がりました。そして非常な速さを以て雲の中へ引込まれました。
と、突然其雲の中から老人の声が聞えて来ました。
「さあもう今度は金を投げてもよかろう」
声に応じて見物達は雨のように小銭を投げましたが、不思議な
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