屋の他にもあったけれど、名に負う名古屋は三家の筆頭、尾張大納言家の城下であって、江戸、大阪、京都を抜かしては、規模の広大、輪奐の美、人口の稠密比べるものがない。その大都が夕陽の下に、昼の活動から夜の活動へ入り込もうとして湧き立っていた。
ゴーッというような鈍い騒音――人声、足音、車馬の響き、そういうものが塊まって、そういう音を立てるのであろう。蜒《うね》り折《くね》った帯のように、町を横断しているのは、西村堀に相違ない。船が二三隻よっていた。寺々から梵鐘が鳴り出した。
「何んの不足があるんだろう?」香具師は声に出して呟いた。「これだけの大都の支配者じゃあ無いか? 結構すぎる程の身分じゃあ無いか……人間慾には限りはねえ。一つの慾を満足させりゃあ、つづいて最う一つの慾が起こる。そいつを果たすと最う一つ。で、一生止む時はねえ。……上を見れば限りはねえが、下を見ても限りはねえ。明日の生活に困るような、然ういう人間だってウザウザ居るその官位は中納言、その禄高は六十五万石、尾張の国の領主なら、不平も何も無い筈だがなあ。……将軍に成りてえのは道理としても、成ったら苦労が多かろうに。……だがマァそれ
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