糸を、グイと掴んで引っ張った。と、天井からスルスルと、茶器を載っけた丸盆が、身揺ぎもせず下りて来た。
「おおおお鉄瓶はどうしたえ。湯が無けりゃァ茶は呑めねえ」こう云い乍ら香具師は、もう一筋の糸を引いた。と、鉄瓶が下りて来た。
「男ばかりじゃァ面白くねえ。ひとつ別嬪を呼びやしょう」
 云い乍ら香具師は手を延ばし、背後の壁の一点へ触れた。と其処へ穴が開き、一人の女が現れ出た、全身がブルブル顫えていた。その歩き方も不自然であった。
「お花さんえ、さあお坐り」ポンと香具師は畳を打った。同時に女はベタリと坐った。その坐り方も不器用であった。
 そこで九兵衛は眼を据えて、じっと女を観察した。何んのことだ人間では無い。木で作った人形なのであった。
「お目見得は済んだ。帰ったり帰ったり。[#「。」はママ]」復もやポンと畳を打った。その拍子に立ち上り、女は壁の方へ辷って行った。そうして元の穴へ身を隠した。と音も無く壁が閉じた、糸筋ほどの継目も見えない。
「おっ、畜生! 来やがったな!」どうしたものか香具師は、俄に叫ぶと居住居を直し、煙突形の円筒へ、斜めに篏め込まれた鏡面をグッとばかりに睨み付けた。驚いた
前へ 次へ
全86ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング