記]当らねえ。さっさと這入っていらっしゃい。が門からは這入れねえ。門へ障ったら龕燈返《がんどうがえ》しだ。那落の底へお陀仏だ。壁だ壁だ壁から這入りねえ。ようがすかい、向って右だ。その壁へ体を押つ付け[#「押つ付け」はママ]なせえ。それからお眼を瞑るんで。開いたが最後大怪我をする。……物事早いが当世だ。さあさあ体を押つ付け[#「押つ付け」はママ]なせえ」香具師の声が復聞えた。そうして其声には魅力があった。逆らうことが出来なかった。そこで九兵衛は云われるままに、体を壁に押つ付けた[#「押つ付けた」はママ]。そうして固く眼を瞑った。すると其壁に蛸の疣があって彼の体へ吸い付いたかのように、ピッタリ壁が吸い付いた。と思った其途端、彼は家の内へ引き込まれた。
「もう可うがす。眼を開いたり」
云われて九兵衛は眼を開いた。香具師が笑い乍ら坐っていた。
部屋の内を見廻わして、九兵衛は思わず眼を見張った。何に彼は驚いたのか? 部屋の様子が余りにも、乱雑を極めていたからであった。部屋は二つに仕切られていた。手前の部屋から説明しよう。その部屋は三方板壁であった。形から云えば真四角で、簀子張りの八畳敷で、そ
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