グイと延ばし、灯籠の台笠へ指を触れた。途端に轟然たる音がして、石灯籠の頂上から、一道の烽火《のろし》が立ち上り、春日|怡々《ついつい》たる長閑の空へ、十間あまり黄煙を引いた。
あまりの意外に群集は、ワッと叫んで後へ退ったが、これは驚くのが当然であろう。
群集の中に立ち雑《まざ》り、香具師の様子に眼を付けていた。[#「。」はママ]尾張中納言宗春は、此時スタスタと歩き出したが、境内中門の前まで来ると、ピタリとばかり足を止めた。
「九兵衛、九兵衛!」と侍臣を呼んだ。
近習頭の小林九兵衛は「はっ」と云うと一礼した。
「其方、あの香具師を何んと思うな?」
「は、どうやら怪しい人間に……」
「うむ、些《いささか》、怪しい節がある。築城術の心得があり、しかも火術にも達しているらしい」
「いかがでござりましょう、縛め取りましては?」九兵衛は顔色をうかがった。
「いやいや待て待て考えがある。……其方、此処に警戒し、彼奴の様子を窺うがいい。立ち去るような気勢があったら、はじれぬように後を尾行け、その住居を突き止めて参れ」
「かしこまりましてござります」
そこで宗春の一行は、九兵衛を残して帰館した。
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