た方が泰平無事ではござらぬかの」――紋太郎は小声で誘って見た。
「君子|危《あやう》きに近寄らずじゃ」
「とは云えこのまま帰っては弓師左衛門や忠蔵へ対してちと面目がござらぬではないか」主馬は煮《に》え切らずこんな事を云った。それから門へ近寄って何気なくトンと押して見た。すると門はゆらゆらと揺れギーという寂しい音を立てて内側へ自然と開いたのであった。
静寂を破る弦音
「や、門が開きましたな」
「これはこれは不用心至極」
三人の者は事の意外に胆《きも》を潰してこう呟《つぶや》いた。
「門が開いたを幸いに案内を乞い内《なか》へはいり様子を見ようではござらぬか」
主馬はこう云って二人を見た。
「よかろう。案内を乞うことにしよう」こう紋太郎はすぐ応じた。内記は少からず躊躇したがそれでもやがて決心して二人の朋輩の後を追った。
三人は玄関の前まで来た。
「頼む」と主馬が声を掛けたが誰も返辞をする者がない。家内は森然《しん》と静かである。
「深夜まことに恐縮ながら是非にご面会致したければどなたかご案内くだされい」
再び主馬は声を掛けたがやはり家内からは返辞がない。人のいない空屋のよ
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