ましてな……」
 こう云って忠蔵は居住いを正し、真っ昼間ながら四辺《あたり》を見廻し、
「それで家中《うちじゅう》もうすっかり怖気《おぞけ》を揮《ふる》っておりますので」
「で何かな、その老人は、どこから来るのか解らぬのかな?」
「へい、それがあなた解るくらいなら……」
「そうさな、恐ろしくもないわけだな……でそれでは今日まで後を尾行《つけ》た事もないのだな?」
「そんな事、かりにも出来ますようなら家内一同夜になるとああまでしょげ[#「しょげ」に傍点]返りは致しませぬので……」

    本所の七不思議

 主馬はちょっと頷《うなず》いてそれから小声で笑ったが、
「忠蔵、安心するがよいわ。それがし今夜朋輩と参って曲者の正体見現わしてくりょうに」
「どうぞお願い致します」忠蔵は喜んで頭を下げた。
「弓の方は期日までに頼んだぞ」
「それはもう承知でございます」
「化物《ばけもの》沙汰に心を奪われ商売の方を疎《おろそ》かにしては商人《あきゅうど》冥利に尽きるというものだ――それでは今夜参ると致そう」
「よろしくお願い致します」
 主馬はそのまま立ち去って行ったがはたして夜になると、朋輩二人を
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