った。店に飾ってある弓や矢や点《とも》されてある行燈《あんどん》までぼっ[#「ぼっ」に傍点]と光を失ってしまう。
老武士は顔を埋ずめたまま店先までスーと寄って来たが余韻のない嗄《しわが》れた低い声で、
「弓弦《ゆづる》を一筋……」と咽《むせ》ぶように云った。
「へーい」
と忠蔵は応じたが何がなしに総身ゾッとして、木箱《はこ》を探る手が顫えたのである。それでも弓弦を差し出すと、また同じ声同じ調子で、
「小中黒の征矢《そや》三筋……」
「…………」今度は忠蔵は言葉もなく云われた矢を取って差し出した。と老武士は小手を振ったがこれは鳥目《ちょうもく》を投げたので、投げたその手で二品を掴むとクルリと老武士は方向《むき》を変え、そのスースーと泳ぐような足で開いたままの潜戸《くぐり》から煙りのように闇夜の戸外《そと》へ消えて行った。
その翌日のことである――
「ほんとかな? それは? その噂は? ふうむ、不思議な老人じゃの……」
誂《あつら》えた弓をわざわざ見に来た旗本の次男|恩地主馬《おんちしゅめ》は声をはずませてこう訊いた。
「ほんとも本当、昨夜《ゆうべ》で十日、きまって参るのでござり
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