上がった。と、潜戸がスーと開いて、まず痩せこけた蒼白い手が指先ばかりチラリと見え、それから古ぼけた帷子《かたびら》姿を半身ぼんやりと浮かばせるとツト片足が框《かまち》を跨ぎ続いて後の半身がヨロヨロと土間へはいって来た。
顔は胸まで俯向《うつむ》いている。雪のように白い頭髪《かみのけ》を二房たらりと額際《ひたいぎわ》から垂らし、どうやら髻《もとどり》も千切れているらしく髷《まげ》はガックリと小鬢へ逸《そ》れ歩くにつれて顫えるのである。身長《みたけ》勝《すぐ》れて高くはあるが枯木のように水気がなく動くたびに骨が鳴りそうである。左の肩をトンと落とし腕はだらり[#「だらり」に傍点]と脇に下げ心持ち聳《そび》やかした右の肩を苦しそうな呼吸《いき》の出し入れによって小刻みに波のように動かすのである。所々|剥《は》げた蝋鞘《ろざや》の大小を見栄もなくグッタリと落とし差しにして、長く曳いた裾で踵《かかと》を隠し泳ぐようにスースーと歩いて来る。
ほとんどどこにも生気がない。老武士《おいぶし》その人にないばかりでなくその老武士がはいって来ると共に総《あらゆ》る物が生気を失い陰々たる鬼気に襲われるのであ
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