。三度《みたび》凄まじい掛け声が起こり続いて矢走りと弦返りの音が深夜の沈黙《しじま》を突裂《つんざ》いたがやはり多右衛門の笑い声が同じような調子に聞こえて来た。
「ワッハッハッハッ、まだ駄目じゃ。人間を射ることは出来ようが獣を射ることは出来そうもねえ。お前《めえ》さんの持ち矢はもう終えたのか。それじゃ今度は俺の番だ……俺の弓には作法はねえ。そうして掛け声も掛けねえのさ。黙って引いて黙って放す。これが猟夫《かりゅうど》の射方《いかた》だあね」
 こういう声が消えたかと思うと、忽ち何物か空を渡る声がグーングーン、グーンと聞こえて来た。矢が三筋《みすじ》弦《つる》から放されたのであろう。
 その後は何の音もない。と雨戸が外から開かれ多右衛門がそこからはいって来た。左の手に弓を持ち右の手に巻物を載せニタニタ笑いながら座敷へはいると、遠慮なく高胡坐《たかあぐら》をかいたのである。
「明晩から幽霊は出ますめえ。よく云い聞かして来ましたからの。いや面白い幽霊でね。俺《わし》にこんなものくれましただ」
 とん[#「とん」に傍点]と巻物を下へ置いて。その巻物こそ他ならぬ弓道|日置流《へきりゅう》の系図で
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