。ごめんなんしょ、ごめんなんしょ」
こういう端《はじ》から多右衛門はグーグー鼾《いびき》をかくのであった。
暑い夏の日もやがて暮れ、涼風《すずかぜ》の吹く夕暮れとなった。それから間もなく夜となった。その夜が次第に更けてゆく。
帛を裂く掛け声
こうして子《ね》の刻も過ぎた時ようやく多右衛門は起き上がった。
「あ、お目覚めでございますかな」
じっとそれまで多右衛門の側《そば》にかしこまっていた[#「かしこまっていた」に傍点]弥右衛門はこうこの時声を掛けた。
「ハア、どうやら目がさめ申した。今、何時《なんどき》でごぜえますな?」
「丑《うし》の刻に間近うございましょうかな」
「へえもうそんなになりますかな。が、ちょうど時刻はようごわす。どれ用意をしようかな」
多右衛門は持って来た風呂敷包みを不器用の手付きで拡げたが、中には桑の木で作ったらしい手垢でよごれた半弓と征矢《そや》が三本入れてあった。
「どっこいしょ」
と掛け声と一緒に彼はヒョロヒョロと立ち上がった。雨戸を開けて中庭の方へそのままスーと消えてしまったのである。
後は森然《しん》と静かであった。弥右衛門はじっ
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