大変ご親切に」手代はおかしさを堪《こら》えながら、
「失礼ながらご身分は?」
「信州木曽の猟師《かりゅうど》でごわす」
「え、猟師《かりゅうど》でございますって?」
「ああ俺《おい》ら猟師だよ。一丁の弓で猪《しし》猿熊を射て取るのが商売でね。姓名の儀は多右衛門でごわす」
「へいさようでございますか。どうぞしばらくお待ちくだすって」
手代は奥へ飛んで行ったが引き違いに出て来たのは柏屋の主人の弥右衛門という老人であった。
弥右衛門は多右衛門の様子を見て思う事でもあると見えて丁寧に奥へ案内した。幽霊の噂が立って以来実際柏屋染め物店は一時に寂れてしまったので、たといどのような人間であろうと、その化物を見現わしてくれて、厭《いや》な噂を消してくれる人なら、喜んで接待しようというのが弥右衛門の今頃《このごろ》の心なのであった。
まず茶菓を出し酒肴を出し色々多右衛門をもてなし[#「もてなし」に傍点]た。多右衛門は別に辞退もせずさりとて卑《いや》しく諂《へつら》いもせず平気で飲みもし食いもしたがやがてゴロリと横になった。
「やれやれとんだご馳走になって俺ハアすっかり酔いましただ。どれ晩まで一休み
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