を風にたなびかしているばかりであった。
この弓屋敷の不思議の噂は間もなく江戸中に拡がった。本所七不思議はさらに一つ「弓屋敷の矢声」の怪を加えて本所八不思議と云われるようになった。弓道自慢の幾人かの武士は自分こそ妖怪の本性をあばいて名を当世に揚げようと屋敷の玄関までやっては来たが、大概一矢で追い返されよほど剛胆な人間でも二筋の矢の放されるを聞いては、その掛け声その矢走りの世にも鋭く凄いのに怖気《おぞけ》を揮って逃げ帰った。
「ごめん」
とある日一人の男が柏屋の店を訪ずれた。年の頃は二十五、六、田舎者まる出しの仁態《じんてい》で言葉には信州の訛《なま》りがあった。
「へい、染め物でございますかね」
柏屋の手代はこう云いながら、季節は七月の夏だというに盲目縞《めくらじま》の袷《あわせ》を一着なし、風呂敷包みを引っ抱えた、陽焼けた皮膚に髯だらけの顔、ノッソリとした山男のようなそのお客様を見守った。
「いんね、そうじゃごぜえません。噂で聞けばお前《めえ》さんの所へ化物が出るということで。ひとつ俺《おい》らがその化物を退治してやろうと思いましてね」
「ああさようでございますか。それはどうも大変ご親切に」手代はおかしさを堪《こら》えながら、
「失礼ながらご身分は?」
「信州木曽の猟師《かりゅうど》でごわす」
「え、猟師《かりゅうど》でございますって?」
「ああ俺《おい》ら猟師だよ。一丁の弓で猪《しし》猿熊を射て取るのが商売でね。姓名の儀は多右衛門でごわす」
「へいさようでございますか。どうぞしばらくお待ちくだすって」
手代は奥へ飛んで行ったが引き違いに出て来たのは柏屋の主人の弥右衛門という老人であった。
弥右衛門は多右衛門の様子を見て思う事でもあると見えて丁寧に奥へ案内した。幽霊の噂が立って以来実際柏屋染め物店は一時に寂れてしまったので、たといどのような人間であろうと、その化物を見現わしてくれて、厭《いや》な噂を消してくれる人なら、喜んで接待しようというのが弥右衛門の今頃《このごろ》の心なのであった。
まず茶菓を出し酒肴を出し色々多右衛門をもてなし[#「もてなし」に傍点]た。多右衛門は別に辞退もせずさりとて卑《いや》しく諂《へつら》いもせず平気で飲みもし食いもしたがやがてゴロリと横になった。
「やれやれとんだご馳走になって俺ハアすっかり酔いましただ。どれ晩まで一休み
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