た方はきっと追っかけるだろう。乱闘となったら見物にも、善男善女にも怪我人が出来よう。奉納の釣鐘にも穢れがつき、大勢の寄進者も、傷付くかもしれない。
「逃げろ逃げろ」と云う者もある。
「一まずだし[#「だし」に傍点]を引っ返せ」と喚き立てる者もある。
あぶないあぶない折柄であった。
「どいた、どいた、ご免下せえ」
ドスの利く声を掛けながら、群集を左右に掻き分け、だし[#「だし」に傍点]に近寄った人物がある。
三十がらみで撥髪《ばちびん》頭、桜花を散らせた寛活《かんかつ》衣裳、鮫鞘《さめざや》の一腰落し差し、一つ印籠、駒下駄穿き、眉迫って鼻高く、デップリと肥えた人物である。
丁寧ではあるが隙のない態度、ジロリと一同を見廻したが、
「大変な騒動になりましたな。さぞ皆様もお困りでしょう、ケチな野郎ではございますが、私《わっち》がちょっと仲裁役、一肌脱ぐことに致しましょう、と云いたいんだがどう致しまして、すっぱだか[#「すっぱだか」に傍点]になって踊ってみせます。ついては釣鐘を借りますよ。傷は付くかもしれませんが、まずまず血では穢されますまい。まっぴらご免」と云ったかと思うと、白の博多の帯をとき、クルクルと衣裳を脱ぎ捨たが下帯一つの全裸体、何と堂々たる体格だ、腕には隆々たる力瘤、胴締まって腰ガッシリ、黒々と胸毛が生えている。そのくせ肌色皓々と白い。
腕をのばすと釣鐘の龍頭、グッと掴んで引き下ろした。見る間に双手を鐘の縁、そいつへ掛けると大力無双、頭上へ差し上げたものである。
と、投げ込んだは浪人組の中、地響と共にゴ――ンと鳴り、音が容易に消えて行かない。
仰天した二派の浪人組、サ――ッと左右へ引いたが付け目、ヒラリと飛び込んだ裸体の男、鐘を引き起こすとカッパと伏した。龍頭を踏まえて突っ立ったが、左右を見比べると両手を拡げ、さてそれから云いだした。
「お見受けすれば浪人組、今世上に名も高い、土岐与左衛門様に深見様、どんな意趣かは存じませぬが、賑わう浅草の境内で時は桜の真っ盛り、喧嘩沙汰とは気の知れぬ話、其角宗匠が生きていたら、花見る人の長刀、何事だろうと申しましょう。喧嘩貰った、お預け下せえ。そういう私は人入れ家業、芝浜松町に住居《すまい》する富田家清六の意気地のない養子、弥左衛門といってほんの三下だが、親分は藩隨院長兵衛兄弟分には唐犬《とうけん》権兵衛、放駒四郎
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