に精悍の気象、十三郎スルスルと進み出た。
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据わった腰、見詰めた眼、溢れようとする満腹の覇気スルスルと進み出た十三郎に押され、土岐与左衛門圧迫を感じ、タッタッと三足ほど退いたが、やや嗄声《かれごえ》で、
「さあ方々!」
声に応じて三四十人、与左衛門の部下一斉に、刀を抜いたがグルグルグル、深見十三郎を引っ包んだ。
「卑怯《ひきょう》!」と叫んだは十三郎の部下、これも一斉にすっぱ抜くと、与左衛門の部下を押しへだて、ジ――ッと、一列に構え込んだ。
まさに太刀数六七十本向かい合わせてぴたりと据わり、真剣の勝負、無駄声もかけずただ、位取った刀身が、春陽をはねて白々と光り、殺気漂うばかりである。
旗本奴《はたもとやっこ》と町奴《まちやっこ》、それと並び称された浪人組、衣裳も美々《びび》しく派手を極め、骨柄いずれも立派である。その数合わして六七十人、真昼間の春の盛り場で、華やかに切り合おうというのである。
凄くもあれば美しくもある。
遠巻きにした群集達。一時に鬨作って逃げ出したが、さらに一層遠くへ離れ、勝敗はどうかと眺めている。
気の毒なのは店屋である。バタバタと雨戸を引いてしまった。側杖を恐れたからである。役人も幾人かいたけれど、うかと手を出したら怪我しよう! で茫然と見守っている。
仲裁する者はないのだろうか? なければ血の雨が降るだろう、死人も怪我人も出るだろう。
群集のどよめき[#「どよめき」に傍点]治まると、深刻な静寂が寺域を領し、その中に立っている観音堂、宏大な図体を頑張らせてはいるが、恐怖に顫えているようにも見える。
と、この時仁王門の方から、修羅場にも似合わぬ陽気な掛け声が、歌念仏の声をまじえ、ここの場所まで聞こえてきた。
次第々々に近寄って来る。
見れば飾り立てただし[#「だし」に傍点]であった。巨大な釣鐘が乗っている。
吉原十二街から寄進をした。釣鐘を運んで来たのである。
にわかにだし[#「だし」に傍点]が止まってしまった。浪人組が構え込んでいる。白刃がタラタラと並んでいる。そこを押し通って行くことは出来ない。
賑やかな囃も急に止み、それを見物の人々も息を呑んだ。
この間も二手の浪人組、太刀を構えてせり[#「せり」に傍点]詰めて行く、やがて白刃が合わされるだろう、境内は血潮で染められるだろう、負けた方は逃げるに相違ない。勝っ
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