呟いて空を見上げたが、決して決して今日に限って、日が永いのではなさそうである。
次第に夕空が暮れてきた。
「もうよかろう、さあ仕事だ」
木立を離れると猿若少年はもと来た方へ引っ返した。
ところが同じ日のことであったが、鴨川の水を溯り、一隻の小舟が駛《はし》っていた。
四五人の男が乗り込んでいる。
いずれも不逞の面魂で、善人であろうとは思われない。
夕陽が川水を照らしている。今にも消えそうな夕陽である。
「久しくよい玉にぶつからない。……今日はそいつ[#「そいつ」に傍点]にぶつかりたいものだ」
顔に痣のある男である。
「桐兵衛爺と来た日には、人攫いにかけては名人だ、いずれ上玉の三つや四つは、仕込んでいるに相違ない。真っ先に桐兵衛を訪ねよう」
兎唇《みつくち》の若い男である。
ひそやかに小舟は進んで行く。
この時代における鴨川は、水量も随分たっぷり[#「たっぷり」に傍点]とあり、小舟も自由に往来した。
夕陽が次第に薄れてきた。
まばらの両側の家々や、木立に夜の色が滲んできた。
櫓《ろ》の音を盗んで忍びやかに、小舟は先へと進んで行く。
これは人買の舟なのであった
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