りばかま》に袖無《そでなし》を着、鬱金《うこん》の頭巾を冠っている。他でもない猿若《さるわか》である。悪人には悪人の交際《まじわり》があり、人買の一味と香具師の一味とは、以前《まえ》から交際を結んでいた。で猿若も前々から、よくここへは遊びに来た。
だがどうしたのだろう猿若少年、今日はいつも程に元気がない。深い考えに沈んでいる。
「おい猿若よ、はしゃげはしゃげ!」
こう一人が声をかけた。片腕のない小男であった。勘八という人買であった。
「それどころじゃアありませんて」猿若の声は物憂《ものう》そうだ。
「親方の行方《ゆくえ》が知れないんで」
「へえ、そいつは不思議だね」もう一人の人買が声をかけた。
片眼が潰れた大男で、その綽名を一ツ目と云い、この仲間での小頭であった。「玄女《げんじょ》さんが居ないというのかい?」
「玄女姐さんも居なければ、猪右衛門《ししえもん》親方も行方不明なのさ」いよいよ猿若は物憂そうである。
「おかしいなあ、どうしたというのだ?」こう訊いたのは勘八である。
「どうして行方が知れないのか、俺らには訳がわからないよ。二人ながら昨日《きのう》からいないのさ」
「親方紛失とは気の毒だなあ」こう云ったのは一ツ目である。「どうだ猿若香具師なんか止めて俺達の仲間へ入らないか」
「真平ご免だ、厭なことだ」猿若は早速|刎《は》ね飛《と》ばしてしまった。
「若い女を攫って来て、遠い他国へ売るような、殺生な商売は嫌いだよ」
「何だ何だこのチビ公、利いたようなことを云っているぜ。そういうお前達の商売だって、立派なものではないではないか」
「せいぜい盗みをするぐらいさ」
「それ、それ、それ、そいつがいけない」
「娘なんかは盗まないよ」
「金か品物を盗むんだろう」
「人形、人形、綺麗な人形!」
「え?」と一ツ目は訊き返した。
「人形を盗もうとしたってことさ」
「アッハッハッ、馬鹿にしているなあ、一人前の口は利くようだが、やっぱり子供は争われない、人形を盗もうとは可愛らしいや」
一ツ目が大声で笑ったので、人買共も一斉に、面白そうに笑い出した。
と、その笑声の終えない中《うち》に、門口の戸が外から開き、二人の人間が入って来た。
先に立ったは老人であり、後に続いたは娘であった。
それと見て取るや人買共は、一度にタラタラと辞儀をしたが、「これはお頭、お帰りなさいまし」こ
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