、大将軍まで走って来た、もう直ぐにも小北山へ来る。……ああもう[#「もう」に傍点]小北山も通り過ぎた、いよいよ平野へやって来た。……衣笠山! 衣笠山! 衣笠山の裾まで来た!」
ほんとにどうしてそんなこと[#「そんなこと」に傍点]が、この唐姫には解るのだろう? 月光に反射して朦朧と、鏡は光っているばかりである。そんな人影など映《うつ》っていない。
それにもかかわらず唐姫にだけに、そういうことが解るのなら、唐姫という女には、特別に違った感覚が、備わっているものと見なければならない。
と、唐姫は立ち上った。
「もう間もなく遣って来よう! 私達の住居《すまい》の秘密境、処女造庭境の入口へ! 乳母!」と云ったが威厳がある。「お呼びお呼び、家来達を!」
「はい」と云うと老女の浮木は逞しい声で呼ばわった。「姫君お呼びでございますぞ! 方々お集りなさるよう!」
声に応じて数十人の人影が森の四方から現われた。刳袴《くくりばかま》に一刀を帯び、織人|烏帽子《えぼし》を額へ載せ、黒の頭巾で顔を包んだ、異形の風采ではあったけれど、これこの時代の庭師なのであった。
唐姫の前方数間の手前で、膝折敷いて下坐をした。慇懃を極めた態度である。
唐姫はスッと見廻したが、
「銅兵衛《どうべえ》、銅兵衛」と声をかけた。
「は」と答えると一人の庭師が坐ったままで辞儀をした。
「大儀ではあるが衆を率い、其方《そち》造庭境の入口へ参り、潜入者を堅く防ぐよう。……四郎太、四郎太!」と声をかけた。
「は」と答えたが一人の庭師が同じく坐ったまま一礼した。
「大儀ではあるが衆を率い、同じく造庭境の入口へ参り、香具師風の男女をひっ捕らえ、ここまで連れて参るよう」
「かしこまりましてございます」こう云ったのは銅兵衛《どうべえ》である。ヌッと立ったが仲間を見た。「いざ方々、おつづき下され!」
「では某《それがし》も」と四郎太も同じく仲間を見廻したが「拙者におつづきなさるよう」
二派に別れた数十人の庭師、スタスタと歩くと森へ入り、すぐに姿を隠したが、あたかもこの頃猪右衛門と玄女が右近丸と民弥に追いかけられ、衣笠山の坂道を、上へ上へと上っていた。
19[#「19」は縦中横]
一際こんもり[#「こんもり」に傍点]した森林が、行手にあたって聳えている。ちょうどその辺りまで来た時である。傍らの灌木の茂みを抜き、ガラ
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