場所が、記されてあるかもしれません」
「さよう即ち秘密の鍵が、隠くされてあるかもしれません。どれ」と云うと右近丸は、ツカツカ書棚の前へ行き、一渡り書物を眺めてみた。が書物の数は非常に多く、いずれも整然と並べてあり、一々取り上げて調べていた日には、手数がかかって遣りきれそうもなかった。だがその中の一冊の書物が、特に右近丸の眼を引いた。何の変わったところもない、帙入《ちついれ》の書物ではあったけれど、その書物だけが奇妙にも、逆さに置かれてあるのであった。即ち裏表紙を上へ向けて、特に置かれてあるのであった。
「はてな?」と呟いた右近丸ツトその書物を取り上げたが、まず帙《ちつ》からスルリと抜き出し、それからパラパラと翻《めく》ってみた。と、どうだろう、何にも書いてない。全体がただの白紙なのである。――と思ったのは間違いで、書物の真中《まんなか》と思われる辺りに、次のような仮名文字が記されてあった。
[#ここから3字下げ]
「くぐつ、てんせい、しとう、きようだ」
[#ここで字下げ終わり]
 何のことだか解《わか》らない。どういう意味だか解らない。呪文のような文句である。
「おかしいなあ、何のことだろう?」
 文字を見詰めて右近丸は、しばらく熟慮したけれど、意味をとることは出来なかった。
 で、そのまま書物を閉じ、帙へ入れると書棚へ返し、それから改めて卓《たく》の上の、人形を取り上げて調べたが、奈良朝時代の風俗をした、貴女人形だというばかりで、これと云って変わったところもない。
 悉皆目算は外れたのである。
 失望をした右近丸は、佇んだまま考えている。
 同じように失望した娘の民弥は、これも佇んで考えている。
 唐寺の鐘の鳴る頃である。夕の祈りをする頃である。永い春の日も暮れかかってきた。
「明日また参るでございます」
 別れを告げた右近丸が、民弥の屋敷を立ち出でたのは、それから間もなくのことであった。心にかかるは謎語であった。
「『くぐつ、てんせい、しとう、きようだ』……何のことだろう? 何のことだろう?」
 南蛮寺の横を歩いて行く。
 森右近丸が帰ってしまうと、やっぱり民弥は寂しかった。そこで一人で牀几《しょうぎ》に腰かけ、窓から呆然《ぼんやり》と外を眺め、行末のことなどを考えた。
 窓外の春は酣《たけなわ》であった。桜はなかば散ってはいたが、山吹の花は咲きはじめていた。紫
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