[#「ざっと」に傍点]その辺りの年格好、いやらしく仇《あだ》っぽい美人である。柄小さく、痩せぎすである。で顔なども細長い。棘のように険しくて高い鼻、小柄の刃先とでも云いたげな、鋭い光ある切長の眼、唇は薄く病的に赤く、髪を束ねて頸《うなじ》へ落とし、キュッと簪《かんざし》で止めてある。額は狭く富士形である。その顔色に至っては白さを通り越して寧ろ蒼く、これも広袖を纏《まと》っている。一見香具師の女親方、膝を崩してベッタリと、男の前に坐っている。
男の名は猪右衛門《ししえもん》、そうして女の名は玄女《げんじょ》である。
夫婦ではなくて、相棒だ。
家は玄女の家である。
「全く仕事の性質から云えば、かなりむずかしい[#「むずかしい」に傍点]仕事だからな、うまく仕遂《しと》げて来ればいいが、早く結果を聞きたいものさ」こう云ったのは猪右衛門、「まごまごすると夜が明ける。宵の口から出て行って、いまだに帰って来ないなんて、どうもいつも[#「いつも」に傍点]のあいつらしくないよ。やりそこなって恥かしくなって、どこかへ逃げたんじゃアあるまいかな」不安だという様子である。
「そんな心配はご無用さ」
玄女には自信があるらしい。
「百人二百人|乾児《こぶん》もあるが、度胸からいっても技倆《うで》からいっても、猿若以上の奴はないよ。年といったらやっとこさ[#「やっとこさ」に傍点]十五、それでいて仕事は一人前さ」
「だが相手の大将も、尋常の奴じゃアないんだからな」やっぱり猪右衛門は不安らしい。
「そりゃア云う迄もありゃアしないよ。昔は一国一城の主、しかも西洋の学問に、精通している人間だからね」
「だからよ、猿若やりそこない、とっ[#「とっ」に傍点]捕まりゃアしないかな」
「なあに妾《わたし》から云わせると、相手がそういう偉者《えらもの》だから、かえって猿若成功し、帰って来るだろうと思うのさ」玄女には心配がなさそうである。
「へえおかしいね、何故だろう?」猪右衛門には解《わか》らないらしい。
「だってお前さんそうじゃアないか、相手がそういう偉者だから、なまじっか[#「なまじっか」に傍点]大人《おとな》などを差し向けると、すぐ気取られて用心され、それこそ失敗しようじゃアないか」
「うん、成程、そりゃアそうだ」今度はどうやら猪右衛門にも、胸に落ちたらしい様子であった。
二人しばらく無言である。
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