われる、まず手はじめにすることは、捉えている娘を離すことだ、そうしてこっちへ手渡すがよい! そうして坐れ、土の上へ! そうして拝め、唯一なる神を!」
 こう云って威厳のある眼を以て、次々に賊共を睨んだので、賊共は等しく胆を潰し、民弥を放すと一同揃って、大地へひざまずいたからである。
 で、民弥は小走ったが、その老人の袖へ縋った。
「ああ貴郎《あなた》様はオルガンチノ[#「オルガンチノ」は底本では「オンガンチノ」]様!」
「民弥か、おいで、怖れることはない」
「はい有難うございます。どうぞお助け下さいまし」
 で、民弥とオルガンチノとは、門を潜《くぐ》って寺内へ入った。
 と、すぐにその後から、猿若少年が飛び込んだ。民弥を慕って飛び込んだのである。
 やがて門は内から閉ざされ、松火も隠れ音楽も消え、あたりは全く寂静《ひっそり》となった。
 だがもし誰か民弥達と一緒に、南蛮寺の寺内へ入って行ったなら、その寺内の一室から、民弥とそうしてオルガンチノとが、次のように話していることを、耳にすることが出来たろう。
「おお、まアそれではお父様が!」
「見られる通りの有様でござる」
「お父様! お父様! お父様!」
「静かになされ、静かになされ!」と。……

30[#「30」は縦中横]

 処女造庭境とは何物であろう?
 衣笠山から小北山、鷹ヶ峰から釈迦谷山、瓜生山から白妙山、その方面の山林地帯へ、種々様々の迷路を設け、またいろいろの防禦物を作り、都の人間を入れないように、造を構えた地域であって、特に男性を入れないようにしたのと、それを作った頭なるものが、美しい処女であったのとで、処女造庭境というような、物々しい名をつけたまでで、特別の境地ではなかったのである。つまり自然を利用した、一個の広い砦なのであった。
 その頭は何という女か? 唐姫《からひめ》という女である。その唐姫とは何物であるか? 織田信長に滅ぼされたところの、某《なにがし》大名の息女なのである。で、父の仇を討とうがため、すなわち信長を討とうがため、都近くのそんな所へ、そのような自然的砦を設け、旧《もと》の家臣を庭師風に仕立て、一緒に住んで虎視眈々、様子を窺っていたのである。
 で、ここは処女造庭境の神明づくりの社の前である。
 二人の男女が縛られて、大地の上に据えられている。
 猪右衛門《ししえもん》とそうして玄女《
前へ 次へ
全63ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング