いて進み出たのは、人買の頭の桐兵衛であった。
「民弥、猿若、もう駄目だ! 穏《おとなし》く従いて来るがいい。アッハッハハ飛んでもない奴等だ、そんな小供や小娘に、裏掻かれるような俺達なら、とうの昔に縛られている……さあさあ帰れ従いて来い。……民弥にはおりよく買手が付いた。売るからその意《つもり》でいるがいい、……ところでチビの猿若だが、呆れた真似をしおったなあ。香具師と人買とは仲間のようなものだ。その仲間を裏切ってよ、仕事の邪魔をやるなんて、交際《つきあい》を知らねえにも程がある。そういう悪い小倅には、それだけの仕置をしなけりゃアならねえ。佐渡か沖の島か遠い所へ、こいつも小僕《こもの》として売ってやる。……さあお前達!」と云いながら、手下の人買を見廻したが、「こいつら二人を引っ担いで行け!」
「さあ来やアがれ!」と五六人の人買が民弥と猿若とへ飛びかかった。
「何だい何だい悪者め!」こう呶鳴《どな》ったのは猿若である。
「来やがれ来やがれ、叩っ切って見せる」
そこで懐刀を振り廻したが、疲労てはいるし敵は大勢、到底勝目はなさそうであった。
民弥に至っては尚更である。立っているさえ苦しい程に、心も休も疲労切っていた。
「何人《どなた》かお助け下さいまし!」
救いの声を立てながら、ヒョロヒョロ逃げ廻るばかりである。
こうして民弥と猿若とは、せっかくここ迄は逃げて来たが、またもや人買の手にかかり、連れ戻されなければならなかった。
だがその時|松火《たいまつ》の燈《ひ》が、手近の森陰から現われて、五人の人影が足を早め、近づいて来たのは何者であろう?
見て取ったのは民弥である。追い廻す人買を突きのけて、一散にそっちへ走り出した。
「民弥めが逃げるぞ、追っかけろ!」
人買が後を追っかける。
27[#「27」は縦中横]
しかしその時には娘の民弥は、松火をかかげた一団の中へ、身を躍らせて飛び込んでいた。
「これは娘ごどうなされた」
こう云いながら見守ったのは、一人の立派な老女であった。他でもない浮木《うきぎ》である。そうして現われたこの一団こそ、例の庭師の一群であった。
「はい」と云うと娘の民弥は、クタクタと土へ崩折れたが、「妾《わたし》は京の片隅《かたほとり》に住む民弥と申す者にござります。人買の手にかかりまして……」
「なに、民弥? ほほう左様か、これは幸、よい
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