まいか。一口にいえば銅銭会員と幕府の捕り方との格闘なのであった。
 その夜はどんよりと曇っていた。月もなければ星もなかった。家々では悉く戸を閉ざし、大江戸一円静まり返り燈火《ともしび》一つ見えなかった。
 と、闇から生まれたように、浅草花川戸の一所《ひとところ》に、十人の人影が現われた。一人の人間を真ん中に包み丸く塊《かた》まって進んで来た。一軒の屋敷の前まで来た。黒板塀がかかっていた。門がピッタリ閉ざされていた。屋根の上に仄々《ほのぼの》と、綿のようなものが集まっていたがどうやら八重桜の花らしい。
 その前で彼らは立ち止まった。
 とまた十人の一団が一人の人間を真ん中に包み、闇の中から産まれ出た。それが屋敷へ近付いて来た。先に現われた一団と後から現われた一団とは、屋敷の門前で一緒になった。互いに何か囁き合った。わけのわからない言葉であった。


    慶安以来の大捕り物

「背《うしろ》に幾多《いくた》の宝玉ありや?」
「一百八」
「途上虎あり、いかにして来たれる?」
「我すでに地神に請えり、全国通過を許されたり」
「汝橋を過ぎたるや否や?」
「我過ぎたり矣《い》」
「いずれの橋ぞ
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