内へはいっていった。すぐ溜り場へ通された。五、六人の人が待っていた。一人一人奥へ呼び込まれた。嬉しそうな顔、悲しそうな顔、いろいろの顔をして戻って来た。やがてお色の番が来た。お色は奥の部屋へ行った。部屋の正面に床の間があった。脇床の違い棚に積まれてあるのは、帙入《ちつにゅう》の古書や巻軸であった。白熊の毛皮が敷いてあった。その上に端然と坐っているのは、三十四、五の人物であった。総髪の裾が両肩の上に、ゆるやか[#「ゆるやか」に傍点]に波を打っていた。その顔色は陶器のようで、ひどく冷たくて蒼白かった。眼の形は鮠《はや》のようであった。眼尻が長く切れていた。耳髱《みみたぶ》へまで届きそうであった。その左の目の瞳に近く、ポッツリ星がはいっていた。それが変に気味悪かった。黒塗りの見台が置いてあった。算木《さんぎ》、筮竹《ぜいちく》が載せてあった。その人物が左伝次であった。茶無地の被布を纏っていた。
お色は何がなしにゾッとした。凄気が逼るような気持ちがした。遠く離れて膝を突いた。それからうやうやしく辞儀をした。
と、左伝次は頤《あご》をしゃく[#「しゃく」に傍点]った。
「恋だな、お娘ご中《あ
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