堂の裏手へ廻った。花川戸の方へ歩いて行った。どこもかしこも寝静まっていた。家々がまるで廃墟のように見えた。隅田に添って両国の方へ歩いた。一方は大河一方は家並、その家並が一所切れてこんもり[#「こんもり」に傍点]とした森があった。社《やしろ》でも祀ってあるらしい。
「どれ、神様でも拝むとするか」森の中へはいって行った。はたして社が祀ってあった。その拝殿へ腰を掛けた。一つ大きく呼吸《いき》づいた。もう一度大きく呼吸づこうとした。中途で彼は止めてしまった。
「実際現代は息苦しい。重い石が冠さっている。勇気のある者は憤怒《いきどおり》をもって、その重い石を刎ね退けるがいい。勇気のある者は笑ってはいけない! 肉体的にいう時は、笑ったとたんに筋が弛む。精神的にいう時は、笑ったとたんに心が弛む。弛むということは油断ということだ。その油断に付け込んで飛び込んで来るのが、妥協性だ。妥協、うやむや、去勢、萎縮、そこで小粋な姿《なり》をして、天下は泰平でございます。浮世は結構でございます。皆さん愉快にやりましょう。粋《おつ》でげすな。大通でげすな。なあァんて事になってしまう。そうや[#「や」に傍点]って謳《
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