ような様子であった。
「これは大事件に相違ない」弓之助は直覚した。「何か大事件でも起こりましたので」顔色を見い見い訊いて見た。
「うん」と甲斐守は物憂そうにいった。「前古未曽有の大事件だ」
「いったいどんなことでございますな?」
「絶対秘密だ。いうことは出来ない」甲斐守は苦り切った。


    変な噂は聞かなかったかな?

 甲斐守は深沈大度、喜怒容易に色に出さぬ、代表的の役人であった。今度に限ってその甲斐守が、まざまざ憂色を面《おもて》に現わし、前古未曽有の大事件で、絶対秘密というからには、よほどの事件に相違ない。弓之助の好奇心は膨れ上がった。しかし甲斐守の性質として、一旦いわぬといったからには、金輪際《こんりんざい》口を開かぬものと、諦めなければならなかった。そこで弓之助は一礼し、甲斐守の部屋を出ようとした。
「これ弓之助ちょっと待て、少し聞きたいことがある」甲斐守は急に止めた。
「はい、ご用でございますか」弓之助は座に直った。
「お前は随分道楽者で、盛り場や悪所を歩き廻るそうだな」
「おやおや何んだ、面白くもない。紋切り形の意見かい」弓之助は苦笑したが、
「これはどうも恐れ入り
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