もお供致しましょう」
「今はならぬ、やがて参れ――そこでお前に頼みがある。馬を二頭送ってくれい〈山風〉と〈野風〉の二頭をな」
「かしこまりましてござります」――斯う云うと主水は頭を下げたが其時、鎧の音がした。
眼を上げて見ると人影は無く、深い木曽川の谷の上を、ぐるぐるぐるぐるぐる廻わりながら、霧で出来たような三本の柱が、対岸を指して飛んで行ったが、それも間も無く見えなくなった。
「深い縁《えにし》があればこそ、お眼にもかかれお言葉をも賜わったのだ」
嬉しさと悲さをコキ雑ぜた複雑の思いに浸り乍ら彼は合掌したのであった。
翌朝館へ駆着けた時は既に納棺も済んでいた。昨夜の有様を披露した後、急いで厩舎へ走って行き、二頭の馬を索き出すと、まだ十足とは歩かない中に二頭ながら倒れて呼吸絶えた。
神妙の殉死と云わなければならない。
二
「今はならぬ!」と明瞭《はっき》りと先生から殉死を止められた主水は、心ならず、新主に仕えた。
誰がために見せる前髪ぞと、蘇門の百ヶ日が済んだ時、彼は惜気無く剃り落した。英落点々白芙蓉、紅も白粉も剥《ぬ》ぎすてた雅びて凛々しい男姿は又一段と立ち勝っ
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