さあ今日は無礼講、芸ある者は遠慮なく芸を見せてくれるよう」
 酒が一渡り廻った頃、この乃信姫は仰せられた。
「さあさあお許しが出でました。三味線、琴、芝居声色、何でもよいから芸ある方は、出し惜みせずお出しなされ」
 いつも渋い顔をして睨んでばかりいる老女迄が、今日は愛相よくこういうので、待っていたとばかり女中共、芸尽くしを遣り出した。
 義太夫、清元、常磐津から、団十郎の連詞《つらね》の口真似、阿呆陀羅経からトッチリトン、安来節から出雲節、芸のない奴は逆立をする。お鉢叩きに椀廻し、いよいよ窮すると相撲を取る。越後の角兵衛逆蜻蛉、権兵衛が種蒔きゃ烏がほじくる、オヤほんとにどうしたね、お前待ち待ち蚊帳の外、十四の時から通わせていまさら厭とは胴欲な、……などと大変な騒ぎになった。笑声、歓語、泣き出す奴もある。――こいつヒステリーに相違ない。
「エッサッサ、エッサッサ」
 泥鰌掬いが始まった。
 姫は余りの可笑《おか》しさに、座にもいられず供一人連れ、小袖幕をヒラリと刎ね、囲いから外へ忍び出た。
「お菊や、どっちへ行って見ようね」
 供の腰元を振り返る。
「はい、お姫様のよろしい方へ」
「静か
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