な方へ行って見たいね。あまり笑って苦しくなったよ」
 云いながらブラブラ遣って来たのは今日も寂しい鶯谷の方で、ここまで来ると人気はなく充分花も見ることが出来る。
「ああ好いこと」と云いながら二人は切株に腰を下ろし、咲きも終わらず散りも始めぬ、見頃の桜に見取れていた。
 と、そこへバラバラと五六人の人影が現われた。一見して市井の無頼漢、刺青《ほりもの》だらけの兄イ連、しかも酒に酔っている。
「オオオオこいつア見遁せねえなあ! どうでえどうでえこの美婦《たま》は!」
 一人が云うとその尾に付き、
「桜の花もいいけれど物言う花はもっと好《い》い。引っ張って行って酌をさせろ!」
「合点!」と云うと不作法にも、二人を手籠めにしようとする。
「無礼者!」と柳眉を逆立て、乃信姫は礑《はた》と睨んだが、そんなことには驚かず、二人がお菊を引っ担げば、後の三人の無頼漢は、乃信姫を手取り足取りして、宙に持ち上げて駆け出そうとする。途端に老桜の樹陰から、
「待て!」と云う声が響き渡った。深い編笠に顔を隠した一人の武士がつと[#「つと」に傍点]現われる。
「高貴のお方に無礼千万! 覚悟致せ!」と声も凜々しく、鉄
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