その翌日のことであったが、細川侯の下邸から五挺揃って女乗物が粛々として現われた。乃信姫様がお付を連れて上野へお花見においでなさるのである。
 この当時の上野山内は一品親王輪王寺宮《いっぽんしんおうりんおうじのみや》が、巨然としておいで遊ばしたので神《かん》寂びた岡がますます神寂び、春が来れば桜の花が緑樹の間に爛漫と咲き得も云われない景色ではあったが、墨堤《すみだ》や小金井と事変わり仮装や騒ぎが許可《ゆるさ》れなかったので、花見る人は比較的少なく常時《いつも》お山は静かであった。で、大名の奥向などでは花見と云えば例外なしに上野の山へ出かけたものである。
 行列は極めて小人数であったが、さて山内へ着いて見ると、小袖幕で囲い設けた立派な観桜席《せき》が出来ていて、赤毛氈に重詰の数々、華やかな茵《しとね》、蒔絵の曲禄、酒を燗する場所もあり、女中若侍美々しく装い、お待ち受けして居た所から、ワッと一時に陽気になった。
 姫は設けの上座へ着き、老女|楓《かえで》、同じく松風、続いてズラリと順序を正し、老けたる者若き者、綺羅星のごとくに居溢れたので、その美しさ花に劣らず、物言うだけが優である。
「さあ
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