「いや一人逢いました」
「すなわち、そやつが盗賊でござる! どの方面へ逃げましたかな?」
「その人間盗賊ではござらぬ」
「いやいやそれこそ盗賊でござるよ。……四尺足らずの小兵の男」
「なかなかもって。五尺五六寸」
「色の黒い変面異相」
「なかなかもって。それも反対、色の白い好男子でござった」
「一応誰何なされたであろうな?」
「左様、互いに挨拶致した」
「ははあ、挨拶? ではご存知で?」
「よく存じ居る人物でござる。……威勢のよい魚屋でござる」
「どこの何という魚屋でござるな?」
「茅場町植木店、和泉《いずみ》屋という魚屋の主人、交際《つきあい》の広い先ずは侠客《だてしゅう》、ご貴殿方も名ぐらいはあるいはご存知かもしれませぬ、次郎吉という人物でござるよ」
「あ、次郎吉? 和泉屋のな? いやそれなら大承知でござる。ちょいちょい下邸へも出入りする男じゃ」
「細川侯へもお出入りとな? ははあさては魚のご用で?」
「いや」と云ったが細川の藩士、これには少なからずトチッたものである。
「いや何、別にそうでござらぬ。……」
「ああいう人物の常として、袁彦道《えんげんどう》の方面へも、ちょいちょい
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