た拍子にちょっと抜き、肌身放さず持って居りやす。また逢うまでさらばさらば」
 とんと向こうへ飛び下りた。
「それ!」と云うので侍共、裏木戸を開けて後を追う。
 遥かむこうに一人の人影宙を舞うように走って行く。
「あれ追え!」とばかり侍共、これも宙を走ったが、どうしてどうして追い付けそうもない。
 一つの辻を曲ったとたん、
「かかる深夜に周章《あわただ》しい! 大勢走ってどこへおいでなさる!」
 たちまち行手を遮られた。見れば様子でそれと知れる市中見廻りの与力が一人部下の目明五六人を連れ、悠然として立っていた。
「おおこれは与力衆か。我等は細川の家中でござるが、二本榎の下邸にただ今盗賊忍び入ったれば……」
「ははあ賊が入りましたかな」
 与力中條軍十郎はちょっとその眼を光らせた。
「左様、盗賊忍び入ったれば、直ちに見付け狩り出し、ここまで追っかけ参ったる所……」
「どの方面へ逃げましたかな?」
「辻を曲ってこの方面へ」
「これは不思議、この方面からは、たった今拙者参ってござるが……」
「盗賊お見掛けなされなかったかな?」
「いかにも左様なもの見掛けませぬ」
「人一人にもお逢いなされぬ?」
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