は和泉屋の店先へ遣って来た。
「内儀《おかみ》、いつも景気がよいな」
「これはこれは中條の殿様。どうした風の吹き廻しか、ようこそお立寄り下されました」
 お松はいそいそと手を支えた。
「どうぞお上り遊ばして」
「店先の立話も変なものだな。どれちょっと邪魔しようか」
 座敷へ通って座を構えると、
「次郎吉どん、おいでかな?」
「離れの方に……まだ眠《やす》んで……ホホホ」とお松は笑う。
「白河夜船か。ちと困ったな」
「すぐ起こして参ります」
「少し訊きたいこともあり、少し話したいこともある。それでは呼んで来て貰おうかな」
「かしこまりましてございます」
 間もなく次郎吉は遣って来た。
 白布で右の肘を巻いている。坐るとピッタリ手を支え、
「これはこれは中條様、ようこそおいで下されました」
 そういう声にも元気がない。顔の色も勝れない。
 その様子を鋭い眼で、じっと[#「じっと」に傍点]軍十郎は見守ったが、
「内儀」と云って調子を砕《くだ》き、
「今日はちょっと密談だ。座を外してはくれまいか」
「おやマアさようでございますか」
 軽く受けたが不安そうに、
「どんな内緒のお話やら」
「色話だ
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