。心配せぬがよい。アッハハハ」と洒然として笑う。
「おやおや左様でございますか。それはマア大変でございますこと。ほんにそれでは女房がいてはお話しにくいでございましょう。どれ妾は店の方へ」
美しく笑って座を外した。
後には二人差し向かい、しばらく双方とも黙っていたが、軍十郎はややあって一膝々をいざり出た。
「さて和泉屋」と顔を傾げて云い出した。
「私《わし》はお前が賊だと知った。知ったが捕らえるつもりはない。お前の気象が面白いからだ。……ところで私の今日来たのは決して与力としてではない。友人として遣って来たのだ。そこで私は思い切ってお前に一つ忠告しよう。和泉屋お前湯治に行ってはどうだ」
「へ、湯治でございますって?」
次郎吉は不思議そうに眼を上げた。
「そうさ、その肘の治療にな」
「へえ、なるほど」と上げた眼をまた膝頭へ落してしまう。
「どうだ和泉屋、湯治に行くか」
「行ってもよろしゅうござりましょうか?」
「つまり江戸から足を抜くのさ」
「……でも私がそうなりましたら、旦那の手落ちにはなりますまいか?」
「俺が承知で湯治へ遣るに何で俺の手落ちになる。そんな心配は少しもない。……で
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