「毎夜通って参るそうじゃ」
「言語道断、奇怪の妖怪……」
「其方今宵は奥へ参り、姫の寝間の隣室に宿り、妖怪の正体見現わすよう」
「かしこまりましてござります」
「よいか、確《しか》と申し付けたぞ」
「承知致しましてござります」
下邸の夜は森々《しんしん》と更け、間毎々々の燈火《ともしび》も消え、わけても奥殿は淋しかった。
一つの部屋にだけ燈がともって[#「ともって」に傍点]いる。
それは乃信姫の部屋である。
ボーンとその時|丑満《うしみつ》の鐘が手近の寺から聞こえてきたが尾を曳いてその音の消えた後も初夏の風がザワザワと吹く。
同時に庭に向いた廻廊の戸を、ホトホトホトホトと叩くものがある。
と、障子に女の影が大きくボッと映ったがやがて障子が音もなく開いて一人の女が現われた。他ならぬそれは乃信姫である。
姫は廊下へスルスルと出たが、すぐに雨戸へ手を掛けた。スーとその戸が横へ引かれる。
「乃信姫殿か」
「主水《もんど》様」
内と外とで二声三声。……月代《さかやき》の跡も青々しい水の垂れそうな若侍がツト姿を現わした。鶯谷で姫を救った深編笠の侍である。
その手を優しく姫が執
前へ
次へ
全24ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング