来た。
「まあ内の人はどうしたんだろう。朝寝坊にも際限《きり》があるよ、どれ行って起こしてやろう」
 裏に造られた離れ座敷へ飛石伝いに行って見た。
 ピッシリと雨戸が締まっている。
「もー、お起きなさいよ起きなさいよ。お日様が出たじゃありませんか」
 トントントンと戸を叩いた。
「おお、お松か、やけに叩くなア。まあもう少し寝かせてくれ」
 内から次郎吉の声がする。
「何の、昨夜《ゆうべ》遅かったのさ。どうも睡くて耐《たま》らねえ」
「いいえ、いけません、お起きなさいよ、魚屋の亭主が朝寝坊じゃ人前が悪いじゃありませんか。ようござんすか開けますよ」
 ガラリと一枚雨戸を開けた。
「いけねえいけねえ来ちゃいけねえ!」
「おや、おかしい?」――と、その声を聞くと、お松は小首を傾けた。と云うのは次郎吉の声が、平素《いつも》と大変|異《ちが》うからであった。妙に濁って底力がなく、それでいて太くて不快な響きがある。スッキリとした江戸前の、いつもの調子とは似ても似つかない。
「ねえお前さんどうしたの? いつもと声が違うじゃないか?」
 訊いて見ても返辞がない。
 で、構わず縁へ上り、立ててある障子を開
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