ぬ謎
荒い格子に瓦家根、右の方は板流し! 程よい所に石の井戸、そうかと思うと格子の側《わき》に朝熊万金丹取次所と金看板がかかっている。所は茅場町植木店、真の江戸子が住んでいる所……で、表向きは魚屋渡世、裏へ廻ると博徒の親分、それが主人《あるじ》次郎吉の身分だ。力士《すもう》は勿論三座の役者から四十八組の火消《しごとし》仲間、誰彼となく交際《つきあ》うので、次郎兄い次郎兄いと顔がよい。直接の乾児が五六十人、まずは立派な親分と云えよう。
雀がチウチウ烏がカアカア。それ夜が明けた戸を開けねえ。ガタン、ピシン、サーッと云うのは井戸から水を汲む音である。そこの若衆が息セキ切って河岸の買出しから帰って来る。
「アラヨ!」なあアんて景気がよい。
お華客《とくい》廻りは陽の出ぬ中、今日《いま》でも東京の魚屋にはそう云う気風が残っている。
女房のお松は二十三四、いわゆる小股の切れ上った女、雑種ではない正味の江戸者、張があって愛嬌があってそうして頗る人使いが旨い、若衆と一緒に床を出て、自分から火を焚いて湯を沸す、下女《したおんな》を労わる情からである。
やがて朝陽が家根越しにカッとばかりに射して
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