る、二人はピッタリ肩を寄せ、部屋の内へ入って行く。
とたんにパチッと鍔音がした。
ハッと驚いた若侍、思わず一足下った時、
「イヤーッ」と鋭い小野派流の気合。
「む」と若侍は呼吸詰まり、ヨロヨロと廊下へ蹣跚《よろめ》き出た。
「えいッ」と再び掛声あって、隣室の障子を婆裟《ばさ》と貫き閃めき飛んで来た一本の小束! 若侍は束で受けたが切先逸れて肘へ立った。
「あっ」と云う声を後に残し、若侍は雨戸を蹴放し、闇のお庭へ飛び出して行った。
この夜、与力の軍十郎は、同心二人を従えて二本榎の武家通りを人知れず静かに見廻っていた。
と、行手から風のように一人の男が走って来た。怪しい奴と眼星を付け、
「待て!」と軍十郎は声を掛けた。
しかし怪しいその男は見返りもせず走り過ぎる。
「それ方々《かたがた》! 引《ひ》っ捕《とら》えなされ!」
「はっ」と云うと二人の同心、すぐに後を追っかけたが、その男の足の速さ、ものの一丁とは追わないうちにとうとう姿を見失ってしまった。
「はてな?」と軍十郎は呟いた。
「あの姿には見覚えがある」
箱根へ行け! 箱根へ行け!
その翌日の朝であったが、与力中條軍十郎は和泉屋の店先へ遣って来た。
「内儀《おかみ》、いつも景気がよいな」
「これはこれは中條の殿様。どうした風の吹き廻しか、ようこそお立寄り下されました」
お松はいそいそと手を支えた。
「どうぞお上り遊ばして」
「店先の立話も変なものだな。どれちょっと邪魔しようか」
座敷へ通って座を構えると、
「次郎吉どん、おいでかな?」
「離れの方に……まだ眠《やす》んで……ホホホ」とお松は笑う。
「白河夜船か。ちと困ったな」
「すぐ起こして参ります」
「少し訊きたいこともあり、少し話したいこともある。それでは呼んで来て貰おうかな」
「かしこまりましてございます」
間もなく次郎吉は遣って来た。
白布で右の肘を巻いている。坐るとピッタリ手を支え、
「これはこれは中條様、ようこそおいで下されました」
そういう声にも元気がない。顔の色も勝れない。
その様子を鋭い眼で、じっと[#「じっと」に傍点]軍十郎は見守ったが、
「内儀」と云って調子を砕《くだ》き、
「今日はちょっと密談だ。座を外してはくれまいか」
「おやマアさようでございますか」
軽く受けたが不安そうに、
「どんな内緒のお話やら」
「色話だ
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング