けようとした。
「いけねえ! 馬鹿! 来ちゃいけねえ!」
 突然《いきなり》内から呶鳴る声がしたが、もうその時は開けていた。
「まあどうしたのさ。呶鳴ったりして」
 見ると次郎吉は端然と蒲団の上へ坐っている。別に変わったこともない。ただ二つの薬瓶が膝の上に置いてある。そうして周章《あわて》てその瓶をパッと両手で隠したものである。
「えい、あっちへ行っていろい!」
 云いながら次郎吉は睨んだが、その眼光の凄いことは、お松をして思わず身顫えさせた。
 お松には何となくその薬瓶が怪しいものに思われた。
 こういうことがあってから半月ほどの日が経った。
 その時またも次郎吉は、いつまで経っても起きて来なかった。
「どうして内の人はああ時々夜遅く帰って来るのだろう?」
 昼が来ても起きて来ない。
 で、お松は離れ座敷へ飛石伝いで行って見た。そうして雨戸を窃《そ》っと[#「窃《そ》っと」は底本では「窃《そっ》っと」]開けた。それから障子を窃っと開けた。
 ヒョイと覗くと次郎吉は端然と床の上に坐っていたがグッと振り返ったその顔付!
「あっ!」と云うと後ピッシャリ、気丈なお松ではあったけれど、バタバタと縁を飛び下りると、主屋の方へ逃げて来た。
 出合い頭に若衆の喜公《きいこう》、
「どうしやしたお神さん? 顔の色が蒼白《まっさお》ですぜ」
「あのね。……」と云ったが後は出ず、店へ来ると長火鉢の前へグタグタとなって膝を突く。
「何だろうあれ[#「あれ」に傍点]は? 化物かしら? 内の人が消えてなくなってその代わりにあんな小男が。……ひしゃげ[#「ひしゃげ」に傍点]た鼻、釣り上った眼、身長《たけ》と云えば四尺ばかり……それが妾《わたし》を睨んだんだよ」
 お松は体を顫わせてこの解き難い不思議な謎をどう解こうかと苦心した。
 どう解こうにも解きようがない。

水の垂れそうな若侍
 細川侯の下邸では、不思議な噂がパッと立った。
「乃信姫君にはこの日頃ちょうど物にでも憑かれた様にうつらうつらと日を暮らされ、正気の沙汰とも見えぬとのこと、不思議なことではござらぬかな」
「夜な夜な若い美しい男がお寝間へ忍ぶと云うことじゃ」
「あまり姫君がお美しいので妖怪《あやかし》が付いたのでござろうよ」
「狐かな? 狸かな?」
「狐にしろ狸にしろ、いやどうもとんだ[#「とんだ」に傍点]果報者だ」
「あのお美し
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