な方へ行って見たいね。あまり笑って苦しくなったよ」
云いながらブラブラ遣って来たのは今日も寂しい鶯谷の方で、ここまで来ると人気はなく充分花も見ることが出来る。
「ああ好いこと」と云いながら二人は切株に腰を下ろし、咲きも終わらず散りも始めぬ、見頃の桜に見取れていた。
と、そこへバラバラと五六人の人影が現われた。一見して市井の無頼漢、刺青《ほりもの》だらけの兄イ連、しかも酒に酔っている。
「オオオオこいつア見遁せねえなあ! どうでえどうでえこの美婦《たま》は!」
一人が云うとその尾に付き、
「桜の花もいいけれど物言う花はもっと好《い》い。引っ張って行って酌をさせろ!」
「合点!」と云うと不作法にも、二人を手籠めにしようとする。
「無礼者!」と柳眉を逆立て、乃信姫は礑《はた》と睨んだが、そんなことには驚かず、二人がお菊を引っ担げば、後の三人の無頼漢は、乃信姫を手取り足取りして、宙に持ち上げて駆け出そうとする。途端に老桜の樹陰から、
「待て!」と云う声が響き渡った。深い編笠に顔を隠した一人の武士がつと[#「つと」に傍点]現われる。
「高貴のお方に無礼千万! 覚悟致せ!」と声も凜々しく、鉄扇でピシッと打ちひしぐ。
「わ――ッ、いけねえ! 邪魔が出たア!」
最初の勢いはどこへやら、五人揃って無頼漢共は雲を霞と逃げてしまった。
武士は静かに編笠を脱ぎ、
「浮雲《あぶな》い所でござりましたな。お怪我がなくて先ずは重畳、確か貴女様は細川の……」
「はい、乃信姫でござります。ようお助け下されました。あのう……」と云ったが急に口籠り、まぶし[#「まぶし」に傍点]そうに侍の顔を見た。水の垂れるような美男である。侍と云うよりも歌舞伎役者、野郎帽子の若紫がさも似合いそうな風情である。それまで蒼かった姫の顔へポーッと血の気が差したものである。
その夜、浅草の料亭で、例の五人の無頼漢が、ひそひそ話しながら酒を飲んでいた。
そこへ女中に案内され、入って来たのは例の武士である。
「今日はご苦労」と云いながら金の包をヒョイと出した。
「一人前十両ずつ。へへえ、有難う存じます。仕事も随分あぶなかったが、褒美の金も値がいいや」
「それではそれで堪能か、こっちも安心」と云いながら、グイと取った深編笠、顔を見ればこれはどうだ! 水の垂れそうな美男ではなく、二眼と見られない醜男ではないか!
解け
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング