解くと、
「素性を明かしておくんなせえ」
 丁寧な語調で問いかけた。だが、態度には隙がない。
「さればさ」と云ったが沈痛であった。
「上州産れの乞食だと、こうもう私が云ったところで、合点をしては下さるまいねえ。……永らく私の住んでいた、その土地の名でも申しましょう。……遠い他国なのでございますよ」
「と云って唐でもありますめえ」
「いやその唐だよ、上海《シャンハイ》だ!」
「上海?」
「左様」
「そうでしたかねえ」
「この国へ帰ったのは一年前」
 いよいよ沈痛の顔をしたが、
「追っかけて来たのでございますよ」
「何をね?」と松吉は突っ込んだ。
「大事なものを!」とただ一句だ。
「で、眼星は?」
「まず大体。……」
「付いた? 結構! 方角は?」
「あの方角で! 霊岸島!」
「うむ」と云うと岡引の松吉は、十手と取縄とを懐中へ蔵《しま》い、
「霊岸島には用がある。おいお菰さん、一緒に行こう」
「へい」と云ったが空を見た。
「夏は日永で暮れませんねえ」
「ホイ、ホイ、ホイ、そうでしたねえ、日のある中は何にも出来ねえ」
 だがその日もとうとう暮れ、夜が大江戸を領した時、いう所の、「ぶちこわし」
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